2017年6月29日木曜日

黒塗りだらけの資料

黒塗りだらけの資料を提出させているのは誰か。
資料さえ出さず怪文書扱いしているのは誰か。
資料を廃棄したとしているのはどちらか。

「セロトニン効果」

 12時のお昼休み。オフィスではぞろぞろと財布を片手に食事に向かう時間です。「おなかが空いてきた。けれど、まだ仕事が残っている……」。そんなとき、あなたはつい、コンビニに走り、デスクでおにぎりなど食べながら仕事をやり続けたりしていませんか。
 お昼も過ぎた午後3時ごろ、「ああ、眠いし気が散ってきたなぁ。この仕事は残業して片付けよう……」と、面倒な仕事をつい後回しにしている人がいる一方、朝と変わらず猛然と仕事を続けて定時に切り上げる人もいます。
 どうしてそんな差が生まれるのでしょうか。実は、そのターニングポイントが、まさに「昼休み」なのです。「効率がいい」と思っている、デスクでの「食べながら仕事」は、実は脳科学的には非効率を招くNG行動なのです。
精神科医なのにストレスで病気に
 申し遅れました。私、精神科医の樺沢紫苑と申します。今は作家業を中心に月6回の病院診療などもこなし、割と自由な生活を手に入れましたが、昔は勤務医として病院に勤めていました。勤務医時代は毎日が非常に忙しく、ある日、私は耳鳴りがやまなくなってしまいました。なんと、精神科医がストレスによって病気になってしまったのです。
 私は一念発起して、仕事中心の生き方をあらためました。「時間の使い方」を見直したのです。勤務医でありながら工夫を重ねて時間を生み出し、自分の論文を書いたり、他の人が書いた論文や書籍を読んだりして「自分の勉強」をこなしました。そうして磨いた私の時間術を、最新の脳科学・心理学研究を取り入れて『脳のパフォーマンスを最大まで引き出す 神・時間術』という本で体系化させました。
 一般的に、時間というのは、「線」のように、一直線に流れていると思いがちです。この線のようにながれる時間の中で、「無駄な時間」を減らして「有意義な時間」に転化するというのが、今までの時間術で語られてきたことです。たとえば、時短に励んで30分節約して、その30分を別のことをする時間に「置き換える」。この方法を私は、一次元時間術と呼んでいます。
 けれど、1日は平等に24時間しかありません。一次元時間術では、限界があります。発想を変えなくては、時間を「増やす」ことはできません。そこで、私は「時間術」は、「時間×集中力」で考える時間術を勧めています。つまり、時間の進行を、「線」ではなく「面」にするわけです。ですから、二次元時間術と呼ぶことができます。
 皆さんも経験があると思いますが、集中力が高いときは、集中力が低いときの2~4倍の仕事をこなすことができます。つまり、集中力の高い時間をうまく使いこなすことで、通常より多くの仕事をこなすことができ、時間的な余裕が生まれるというわけです。
 1つの作業にどれだけ没頭できるかは、「クレペリン検査」という1ケタの足し算を計測した研究が有名です。それによると、人間はつねに一定の作業量を続けるわけではなく、「疲れ」や「飽き」などによって作業効率は上がったり下がったりすることが明らかになっています。さらに、作業をはじめた「最初」と終了間際の「終わり」に、作業効率がグッと上がることがわかっています。
「最初」と「終わり」をたくさんつくる
 ですから、むやみに仕事の「時間」を増やすのではなく、休憩や締め切りを設定することで仕事の「最初」と「終わり」をたくさんつくるようにするのです。それにより、集中力が高まる時間だけを増やすことができるというわけです。
 日本人は、頑張るのは得意なのですが、自主的に「休む」ことは苦手です。「1日中、机に向かって、バリバリ仕事をするぞ!」という人も多いでしょうが、結局、頑張れば頑張るほど、集中力は低下し、疲労も蓄積し、結果として仕事全体の効率は劇的に下がってしまうのです。
 ここで、最初の話に戻ります。
 朝から集中して仕事をしている人が、午後も効率的に仕事をこなせるかどうかは、いかにこの間に集中力をリセットできるか=休みをとれるか、にかかっています。それが、「午後をダラダラ過ごして残業してしまう人」と、「定時までに仕事を切り上げられる人」かの分かれ道となります。
 そのターニングポイントこそが、「昼休み」なのです。
 さて、改めて聞きますが、あなたはランチをどこで食べていますか? 忙しいときはついつい、早く帰りたいときはついつい、デスクでサンドイッチやおにぎりを食べながら仕事をするという人も少なくないでしょう。
 しかし、これは効率的なようにみえて、脳科学的には逆効果なのです。なぜかというと、ビジネスパーソンにとっては、外食ランチこそが最強の「集中力リセット術」だと言えるからです。ここで集中力をしっかりと回復することによって、午後、集中力が途切れ途切れになったり、ネットサーフィンやSNSのチェックに時間を費やすということが減るのです。
 ではここで、外食ランチが、なぜ最強の集中力回復術なのか、3つの理由を説明しましょう。
外に出ることに意味がある
 その1 平常心に戻る「セロトニン効果」
 セロトニンという脳内物質をご存じでしょうか。これは、「癒やし」「リラックス」「平常心」などに関する脳内物質です。セロトニンが低下してくると、イライラしたり、怒りっぽくなったりします。意欲も低下します。
 朝から昼まで仕事をしていると、セロトニンの活性は低下してきます。これを再活性させるには、「日光を浴びる」「リズム運動」「咀嚼(そしゃく)」という3つの方法があります。これは、すべて昼休みに満たすことができます。
 会社から外に出て(日光を浴びる)、歩いてお店まで行き(リズム運動)、そこでご飯を食べる(咀嚼)ことで、セロトニンが活性化されるのです。ただ単にデスクの上で咀嚼するだけではなく、「外に出て歩く」というのがポイントです。もし、お弁当を作っているという人でも、重要なのは「日光」「運動」「咀嚼」なので、会社を出て近くの公園まで行って、そこで食べればよいのです。
 お昼に食べるものは、「歯ごたえのあるもの」をよくかんで食べることが重要です。なので、立ち食いそばなどで急いで食べたり、コンビニの柔らかいパンや栄養ゼリーでお腹を満たしても、セロトニン回復の効果は大きく得られません。きちんと10分以上はかむようにしましょう。
 その2 記憶力アップの「場所ニューロン効果」
 外に出る効果は、セロトニンの活性化だけにとどまりません。「場所ニューロン」という、海馬にある「場所を司る細胞」で、自分が今どこにいるのかを忘れないように記憶するための細胞の活性化を期待することができます。
 海馬というのは記憶の一時保管庫で、脳に入れられたすべての情報は海馬に一時保存されます。つまり、海馬の活性化は記憶力向上に直結するわけです。記憶力が必要かどうかは仕事の種類にもよると思いますが、ケアレスミスをなくしたり、仕事を進めるうえで段取りを忘れないようにしたりするのに、海馬の活性化は役に立ちます。
「行ったことがない場所」がポイント
 また、場所ニューロンは、行ったことのない場所に行くほど、より活性化することがわかっていて、米国企業には、この考えを取り入れているところがあります。私は以前に、米格安航空会社(LCC)のサウスウエスト航空の本社を視察したことがありますが、同社に何十室もある会議室はなんとすべての内装や装飾が違っていたのです。これは見栄えがよくなるというデザイン面だけでなく、場所ニューロンの活性化を考えてのことです。従業員が、内装が違う部屋にいくごとに「いつもと違う場所に来た」と感じるわけです。
 外でランチをする人の中には、いつも同じ店を選ぶ「常連派」と、「食べ歩き派」がいると思います。ここまでの説明を読めば、「食べ歩き派」のほうが脳科学的には正解だということがわかりますね。「新しい店ができたから、早速行ってみよう」というフットワークの軽さが、「場所ニューロン効果」を高めるのです。
 その3 ひらめき力がアップする「アセチルコリン効果」
 先ほどの場所ニューロンの話でも説明しましたが、つねに新しい場所を訪れることは脳の活性化に役立ちます。
 これにはもう1つ、「アセチルコリン」の活性化を促すという理由があります。アセチルコリンとは、「創造性」や「ひらめき」に効果がある脳内物質です。アイデア出しや企画を考えるという仕事に深くかかわってくる脳内物質です。
 いつもとは異なる刺激を受けるとき、脳内ではアセチルコリンが活性化します。つまり、外食の時に同じところにばかり行く人が同じ刺激を得ているのに対して、食べ歩き派はつねにチャレンジをすることで違う刺激を得ているわけですから、後者のほうが、アセチルコリンが活性化しやすいわけです。
 たとえ常連派であっても、「新メニューができているから、食べてみよう」というチャレンジによって、アセチルコリンが活性化します。それによって、企画を考えるといったクリエーティブな仕事がはかどるようになります。なので、昼休みには「いつもの」に逃げることなく、新たなチャレンジを意識し、脳をイキイキとした状態に切り替えましょう。
 最後に、昼休みに「最もやってはいけないこと」を紹介したいと思います。
スマホ操作は脳を疲れさせる
 あなたはお昼の休憩時間に主に何をしているでしょうか。少し思い出してください。ほとんどの人は、スマートフォンを操作しているのではないでしょうか。ランチ時間にお店を見回してみると、SNSをチェックしたり、アプリのゲームをしながら食べている人をよく見かけます。
 脳科学的に、「スマホしながら食事」というのは、最もよくない休憩の仕方です。なぜなら、休憩時間に脳を休めているのではなく、むしろ脳を疲れさせているからです。
 人間の脳は、視覚情報の処理に脳の90%の容量を使っているといわれています。パソコンに向かって仕事をするデスクワークの人は、仕事による視覚情報の処理で脳が疲れている状態です。そんな状態なので、休憩時間くらいは「見る」「読む」ことから脳を解放すべきです。また、脳は、光るものを見ると興奮する特性を持っています。スマホゲームなどの刺激で、脳は興奮するので、脳を休めるどころか疲れさせてしまうわけです。
 それでは、どのような休憩が、脳を休めるのでしょうか。自分が「癒やされるな」と思う瞬間を思い出してほしいのですが、入浴や音楽鑑賞、マッサージ、食事などが挙げられるのではないでしょうか。
 これらは、五感の中で「視覚」以外を活性化しているという共通点があります。つまり、脳を休めるには、「聴覚」「味覚」「嗅覚」「触覚」などを刺激すればよいのです。移動中にイヤフォンで音楽を聴いたり、食後に香りのいいハーブティーを飲んだりするなど、視覚以外を刺激する習慣を意識して取り入れてみてください。
 ノー残業デーやプレミアムフライデーなどを取り入れる企業が増えていますが、かといって仕事量が減るわけではないと思います。効率性を求める社会に最適化するためにも、昼休みの使い方を見直してみてはいかがでしょうか。

アメリカ精神医学会は、精神科医が直接診察していない政治家などについて医学的意見を述べることを禁じてます

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まだ誰もトランプが大統領になるなんて思っていなかった時期に来たるべき悪夢を見事に云い当てたマイケル・ムーアは、その予言の時点でトランプがソシオパスだと断言しています。

かつて、『トランプ自伝』のゴーストライターをするために長期間本人を取材したトニー・シュウォルツは、あのような事実に反する提灯本を執筆したことを後悔し、こんどまた彼の自伝を書くとしたらタイトルは『ソシオパス』にすると云ってます。

サイコパスとソシオパスは、先天性と後天性で分けたりもしますが、実際には遺伝と環境の組み合わせで人間の性質は決まるので、ほとんどのサイコパス専門家は両者を区別する意味はないとしています。つまり、誰よりもトランプをよく知るムーアやシュウォルツは、あれこそサイコパスだと主張しているわけです。

アメリカ精神医学会は、精神科医が直接診察していない政治家などについて医学的意見を述べることを禁じてます。先ごろ専門家35人が、あえてこの禁令を破り、トランプは精神的に問題があるので大統領職は務まらないと発表して話題になりました。

それを受けて、精神医学の規範である診断マニュアルの編集委員長も務めたアレン・フランシス博士は、安易な診断を下す人々を批判。トランプの自己愛は強烈で、常に賞賛を求め、共感がなく、搾取的で、傲慢だが、本人が精神的苦痛を感じていないので自己愛性パーソナリティ障害では断じてないと否定し、自分が書いたマニュアルをちゃんと読みなさいと仰ってます。

しかしながら、これではフランシス博士の意見のほうがよっぽど痛烈で、ほとんどトランプはサイコパスだと診断を下しているようなものです。精神的苦痛を感じていないことこそが問題なんですから。

なお、アメリカ精神医学会の倫理規定は、かつて左派の精神科医たちが右派の大統領候補者を勝手に診断して政治問題化したため定められたもので、実際に直接診察しないままに診断が可能かどうかという科学的問題はあまり関係ありません。

とくにトランプのように永年に渡ってテレビやツイッターで言動をあからさまに披露し続けた人物なら、病室で数日診察するより正確な診断が下せることもあるでしょう。

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トランプ大統領はサイコパスなのか?

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トランプ大統領はサイコパスなのか?

まだ誰もトランプが大統領になるなんて思っていなかった時期に来たるべき悪夢を見事に云い当てたマイケル・ムーアは、その予言の時点でトランプがソシオパスだと断言しています。

かつて、『トランプ自伝』のゴーストライターをするために長期間本人を取材したトニー・シュウォルツは、あのような事実に反する提灯本を執筆したことを後悔し、こんどまた彼の自伝を書くとしたらタイトルは『ソシオパス』にすると云ってます。

サイコパスとソシオパスは、先天性と後天性で分けたりもしますが、実際には遺伝と環境の組み合わせで人間の性質は決まるので、ほとんどのサイコパス専門家は両者を区別する意味はないとしています。つまり、誰よりもトランプをよく知るムーアやシュウォルツは、あれこそサイコパスだと主張しているわけです。

アメリカ精神医学会は、精神科医が直接診察していない政治家などについて医学的意見を述べることを禁じてます。先ごろ専門家35人が、あえてこの禁令を破り、トランプは精神的に問題があるので大統領職は務まらないと発表して話題になりました。

それを受けて、精神医学の規範である診断マニュアルの編集委員長も務めたアレン・フランシス博士は、安易な診断を下す人々を批判。トランプの自己愛は強烈で、常に賞賛を求め、共感がなく、搾取的で、傲慢だが、本人が精神的苦痛を感じていないので自己愛性パーソナリティ障害では断じてないと否定し、自分が書いたマニュアルをちゃんと読みなさいと仰ってます。

しかしながら、これではフランシス博士の意見のほうがよっぽど痛烈で、ほとんどトランプはサイコパスだと診断を下しているようなものです。精神的苦痛を感じていないことこそが問題なんですから。

なお、アメリカ精神医学会の倫理規定は、かつて左派の精神科医たちが右派の大統領候補者を勝手に診断して政治問題化したため定められたもので、実際に直接診察しないままに診断が可能かどうかという科学的問題はあまり関係ありません。

とくにトランプのように永年に渡ってテレビやツイッターで言動をあからさまに披露し続けた人物なら、病室で数日診察するより正確な診断が下せることもあるでしょう。

オックスフォード大学教授でサイコパス専門家のケヴィン・ダットン博士は、これまでの言動を分析して、トランプはサイコパス的傾向が最高度だと判定しています。同時にヒラリー・クリントンも、トランプより数段下回っているものの、女性としてはサイコパス的傾向がすこぶる高いと判定しているのですが。

直接診察するにせよ、サイコパスの診断は極めて難しいので、私のような医師免許もない者がトランプ大統領のことをサイコパスだなんて断言するつもりはありません。

しかし、サイコパスについて考察するといろいろと見えてくることもあります。それはトランプ個人に留まらない、現在の世界情勢全般に関わること。さらには、<道徳感情>にも関わることなのです。

評判を欲する<道徳感情>の怪物

サイコパスとは映画や小説に出てくるようなサイコキラーのことではないという、精神医学的に正しい理解が最近は広まってきています。

いや、なかにはそんな快楽殺人者もいるのですが、殺人を犯す者はごく少数で、暴力的犯罪はサイコパスの必須条件ではありません。犯罪に手を染めないサイコパスは、政治家や経営者として成功する者も多いのです。

直接的な暴力は必ずしも振るわないものの、彼らは冷酷で利己的で、他人を利用するための道具としか見ていません。正常な人間なら誰しもが持っている、共感能力がないのです。

その一方で、世間からの評判を異様なまでに追い求めようとします。他人を情け容赦なく踏み付けにする無慈悲さだけではなく、貪欲に賞賛を得ようとするその性質がプラスに働くため、企業経営者や政治家として成功するのです。

一部のサイコパスが、なんの利益にもならない快楽殺人を犯すのも、犯行声明を出して世間からの注目を浴びたいという理由がほとんどだったりします。

人々への共感能力がないのに、なにゆえ人々からの評判を欲するのか。ここに、猟奇殺人を犯したり残虐な独裁者になることよりも遥かに恐ろしいサイコパスの真実が隠されています。

前回の<道徳感情>とはそもそも何かという話を思い出していただきたいのですが、人類は進化の過程で言葉による<評判>を媒介とした協力関係システムを身に着けたのでした。

評判によって、巡り巡って見返りが返ってくることにより、自分の生存率を上げることができる。この<間接互恵性>というシステムを維持するために生じたのが<道徳感情>です。

そのために、人を罰したいという欲求が高まったわけですが、一方で、自分に関しては評判を高めたいという名誉欲もまた生じました。<道徳感情>によって、この両者がもたらされているのです。

ですから、道徳も感情も欠落しているはずのサイコパスが、評判を追い求めるというのはおかしなことのはずなのです。

恐怖心だけが欠落している?

じつはサイコパスも、すべての感情が無いというわけではありません。恐怖心だけが欠落していて、それ以外の感情は正常であることが多いのです。

彼らは恐怖心が無いので、危険に対する感覚が極めて鈍く、命が危なくなるような場面でも平気で突き進んでいったりします。そのため、なにをやっても自分が逮捕されたり、死刑になったりするだろうなんて一切考えません。サイコパスには、罰が抑止力として通用しないのです。

だからこそ、他人にはどこまでも冷酷で、一方的に利益を搾取しようとします。普通の人は、相手からの報復を恐れたり、社会からつまはじきにされることを恐れてそんなことはできませんが、彼らはリスクを考えられないのです。そうなると、得ようとするのは利益だけでは済まなくなります。

人間社会を成り立たせている<間接互恵性>は、良きことをした者には評判という報酬を、悪しきことをした者には罰を与えるという両面でシステムを維持しています。その一方の罰が通用しないとなると、ブレーキが外された状態で、評判だけを異様に欲しがるようになってしまうわけなのです。

サイコパス的経営者が一生掛っても使い切れない桁違いの報酬を得たがるのも、評判を数値化して実感したいという欲求なんでしょう。

生身の人間である限り、ひとりで食べられる御馳走の量は決まっておりますし、一生のうちに着れる服や住める家も限られていて、贅沢のためなら一定の額以上の金銭は必要ないはずなんですから。

しかし、評判には限度がなく、彼らは際限なく追い求めることになるのです。

なにせ、罰を恐れませんから、評判を得るためには手段を選びません。そのために社会を大混乱に巻き込んだりもするのです。

恐怖心を生み出す扁桃体という脳の部位に異常があるため、サイコパスは恐怖を感じられなくなっています。正常な人も、磁気刺激によって扁桃体へ流れる電気信号を減らすと、数十分間だけサイコパスと同じ状態になることが知られています。

恐怖心が無くなるので、罰を恐れず、自信満々になるのです。この自信がサイコパスの大きな特徴で、また悲劇の元でもあります。

嘘と自信に満ちている

サイコパスは平気で嘘をつきます。なんのためらいもないので、人々は簡単に騙されます。サイコパスの専門家さえ何度でも騙されるのです。

普通の人が嘘を云う場合、バレたらどうしようという心理的圧迫にさらされますから、どうしても表情や態度におかしなところが出てきます。サイコパスは恐怖心がないので、バレたら困るなんて微塵も考えませんから、まったくの平常心で嘘が云えるのです。

科学的な細かい話をしますと、危険を察知したときに扁桃体はアドレナリンなどのストレスホルモンを分泌させる指令を発し、血圧や心拍数を上げて筋肉を活性化させ敵と闘ったり逃げたりしやすくします。

また、顔面神経にも信号を送って恐怖の表情を作ります。そのために、心理的圧迫を受けると顔や全身の筋肉の動きに変化が生じるわけです。一方、サイコパスは扁桃体が正常に働かないので身体の変化が起きません。

彼らは恐怖心がないためリスクに対する感覚が極めて鈍いので、すぐにバレるようなことも気にせずどんどんしゃべります。だから、その場は騙せても、あとからおかしいなと気づかれて大体は失敗することになります。

しかし、とにかくサイコパスは恐怖心がないので不安を一切感じず、言葉も態度も自信に満ちあふれています。

普通の人は嘘を云うときだけではなく、大切な場面や大勢の人の前でしゃべったりするときは失敗したらどうしようと思って、多少はおどおどしたぎこちない態度になってしまいますが、サイコパスはつねに堂々としています。

その姿がカリスマ性を醸し出し、人々は簡単に惹きつけられてしまうのです。

ですから、云ってることに少々おかしなところがあっても、一度心を奪われた人は自分のほうが間違っているのではないかと勝手に考えて、騙されていることになかなか気づきません。ほんとうの破滅に巻き込まれてから、ようやく我に返るということになってしまうわけです。

「退屈」が暴走を引き起こす

ところで、人間は数百万年間の狩猟採集時代の性質が身に染みついていて、たかだか1万年も経っていない農耕や文明社会にはまだ適応できていません。

狩猟採集では危険を避けているだけなら獲物を捕ることができず飢え死にするんですから、恐怖を感じるぎりぎりのところまでは危険を冒すことが生存のための必須条件でした。これはよほど強力な本能で、いまだに人間の精神に根深く残っています。

そのため、現代人も恐怖が足りないと退屈し、わざわざホラー映画を観たり絶叫マシンに乗ったりするのです。報酬を得るため嫌々恐怖に耐えるのではなく、こっちから金を払って無意味に適度な恐怖を体験して喜んでいるようなわけなのです。

正常な人でもこんな具合なのに、サイコパスは元から恐怖心がありませんから、どんなときでも我慢できないほど退屈しています。

それで、自分のほうから危険に突っ込んでいくのです。サイコパスと云えども自分の利益にならないことはしないだろうなんて、常識的な考えで行動を予測していると大変なことになります。

ブレーキが壊れた状態でアクセルを踏む本能だけが暴走するサイコパスの、最大のアクセルは退屈なのです。これは極めて耐え難いもので、解消するためなら死をも恐れません。

サイコパスひとりで死んでくれるのならそれでいいのですが、ときに大勢の人々を巻き添えにすることになります。

こういうリスク感覚が根本的に欠落している人間は、早い段階で失敗を犯して大体は消え去るもんなんですが、千人や万人にひとりは確率的に偶然成功してしまい、政治家や経営者として力を持つようにもなります。

とくに親から莫大な財産や人脈を受け継いでいたりすると少々の失敗では致命傷にならず、また復活して時には国家の頂点に立ったりもするのです。

そういう輩が経済界や国家のトップに立ってもまだ退屈に堪え切れずにさらなる危険に突っ込んでいくと、社会全体を巻き込んで破滅させてしまうことにもなってしまいます。

サイコパスと普通の人の線引き

これがサイコパスだけの問題なら、少数しかいない彼らを封じ込めればそれで済むんですが、そうはいかないのがまた厄介なところです。扁桃体に磁気刺激を与えたりしないでも、正常な人間がまったく同じ病状を示すことがあるからです。

第一回で<システムの人>の話をしました。平等が破られ格差が広がると<道徳感情>が強く刺激され、幾何学的で美しい計画に取り憑かれて社会を大混乱に陥らせる者たちのことです。

彼らが危険なのは、無理のある計画だけではなく、偉大なる理想のために個々の人々を平気で踏みにじるようになるからなのです。つまり、他者への共感を失ってしまい、サイコパスと同じになってしまうのです。

元々は、多くの人々を救うための理想的な計画だったはずなのに、その偉大なる計画を遂行するために多くの人々を虐殺するようにさえなってしまう。

そもそも、共感とはなんなのでしょうか。

アダム・スミスは『道徳感情論』で、人間は他者の痛みに共感することはあまりなく、恐怖にこそ共感するのだと、なかなか穿ったことを述べています。スミスの時代は麻酔がなかったですから、外科手術は強烈な光景でした。そんなものを見ると自分の身体が切られてるような感覚に襲われたりしますが、慣れるとなんとも思わなくなるというんです。

ところが、恐怖心には必ず共感してしまう。痛みはその瞬間に実在するものですが、恐怖とは次の瞬間起るかもしれないことへの想像に過ぎません。その不確かさのためにますます不安を感じて共感してしまうとスミスさんは仰るのです。

サイコパスは共感能力がなく、華麗なる計画に囚われてサイコパス化した<システムの人>も他者への共感を失ってしまうという現象を踏まえると、共感とは恐怖心と密接な関係があると思われます。

理想に燃えた<システムの人>は恐怖心を克服してしまうために、偉大なる計画に反する者を残虐に弾圧し、テロも平気で行うようになるのです。

戦場でときに考えられないような残虐行為が発生するのも、戦争によって恐怖を克服した兵士が他者への共感を失ってしまうためではないでしょうか。

未来のリスクを回避するため備わった想像の産物である恐怖心、未来の自分という他者を想像する力が、想像ゆえに本物の他者の恐怖心と混線するという錯誤から生れたものが共感かもしれないのです。

実際の痛みを感じるような事態が起きる一瞬前に、我々は恐怖心によって危険を回避することができます。さらに他者の恐怖心まで取り入れることができれば、もう一歩早く危険から逃れることができ、生存率が格段に上がるでしょう。

ある程度の恐怖は自ら求めてしまう人間の性質を考えれば、この他者の恐怖への共感は生存にとって決定的な意味を持つはずです。自然淘汰の原理から見れば、生死に直結しないその他の感情の共感は、恐怖の共感から派生した副産物に過ぎないと思えます。

恐怖心と共感がないサイコパスの特徴から考えても、そういう結論になるのです。

そうして、現代の科学でも共感と扁桃体にはなんらかの関連性があるとされています。脳科学も神経科学も進化生物学も、その片鱗さえなかった250年前に、ただ精緻な人間観察だけでここまで見抜いていたアダム・スミスという人物はただ者ではありません。

また、壇上の話し手の緊張感が聴衆にそのまま伝染することが、ストレスホルモンの分泌測定実験によって確かめられています。逆に、自信満々で堂々と話すと、聴衆は不快な不安感を感じずに気持ちよくリラックスして聴くことができるのです。

多くの人々が、話の内容にはあまり関係なく、恐怖心を持たないサイコパスを好ましく思って惹きつけられてしまうことにも、扁桃体の働きと共感が作用しているのでした。

緊張も不安も恐怖も、危険に備えるために存在する同一の身体的な反応です。それらの感覚に敏感で共感能力の高い、つまり<道徳感情>を強く備えた人ほど、恐怖心がないため罰を恐れず非道なことを平気でやるサイコパスを支持することになってしまうわけなのです。

なお、サイコパスと普通の人は明確な線引きがあるわけではなく、度合いが高いか低いかの程度の問題です。

傾向の高い人間がサイコパスと呼ばれますが、全員が完全に恐怖心がないわけでもなく、多少の危険は気にしないけど命に関わるほどだと避けようとする者もいます。

逆に普通の人でもサイコパス的要素は必ず持っていて、条件によっては強化されることになるのです。

その最大の要因が平等が崩れて<道徳感情>が強く発動されることで、サイコパスの大量発生を防ぐという意味からも、格差の拡大は絶対に避けねばならないのです。

サイコパスが戦争を回避する?

さて、ここでまたトランプ大統領の話に戻ります。

トランプ政権を支えるオルタナ右翼の黒幕であるスティーブ・バノンは、元々ゴールドマン・サックス勤務だったり投資会社を経営したりする人物でした。

ところが、リーマンショックを引き起こした金融界の金持ちたちがまったく刑罰を受けない不平等に<道徳感情>が強烈に刺激され、美しい図式的計画によって世の中を変革させることを目指すようになったのです。

まさしく、アダム・スミスが『道徳感情論』で非難している<システムの人>そのものです。

とにかくバノンが囚われている因果は、米国は危機に陥ると80年ごとに大戦争を起して生まれ変わるという、まさしくこれ以上はない単純なる幾何学的理論だったりします。

しかし、歴史を振り返ってみると、独立戦争、南北戦争、第二次大戦と実際に米国は80年ごとに大戦争を起して新しい段階に入っているのです。

しかも、第二次大戦参戦から76年後の今年、バノン自身が大統領上級顧問と国家安全保障会議の常任メンバーに就任したんですから、単純極まりない観念的な世界認識を笑ってばかりもいられません。

国家安全保障会議というのは、米国が戦争をはじめるかどうかを最終決定する機関です。トランプ政権では信じられないことに、統合参謀本部議長と国家情報長官を常任メンバーから外してしまいました。

軍や諜報機関からの客観的情報を入れずに、戦争をはじめるかどうかを決めるということで、現実よりバノンの抽象的観念が優先する国家戦略体制を構築したわけです。

これはもう、現実の世界情勢がどうであろうと、80年目の大戦争をバノンは引き起こそうとするでしょう。しかも、世界を崩壊させることにより、自然と新しい世界が生れるのだと公言しています。大量の犠牲者が出ることはむしろ必要だと考えているようで、<システムの人>が偉大なる理想のためにサイコパス化した典型ではあります。

国家安全保障会議から統合参謀本部議長と国家情報長官を外すなどという離れ業をやってのけるほど、ホワイトハウスにおけるバノンの影響力は絶大でした。彼を抑えつけることができるのは、もはやトランプ大統領しかないという状況になったのです。

そのトランプがより巨大なる評判を得るために、あるいは耐え難い退屈をまぎらわすために、戦争が一番の道だと考えれば、バノンの戦略に乗っかることになります。しかし、果たしてそんな具合になったりするでしょうか。

ここで頼りとなるのが、バノンの<システムの人>としてのこだわりです。幾何学的な美しい計画に取り憑かれている彼は、できるだけ80という数字に近づけるため、トランプの初回任期ぎりぎりの4年間は待とうとするでしょう。

また、もうひとつ頼りとなるのが、評判を得たい、さらには退屈を解消したいというだけで、特別なにをやりたいという理想もなく大統領になってしまったトランプのサイコパス的行動です。

トランプが大統領になるだろうと予言したマイケル・ムーアは、トランプが法を犯して大統領をクビになるだろうという予言もしています。トランプの飽きっぽい性格から、任期途中で自ら政権を放り出すのではと考えている人も大勢います。トランプが4年保たないほうに賭ける人もかなり多く、ブックメーカーのオッズは低いままです。

これは現実的にありそうな話です。何故か米国大統領はなんでもできると思っている人がいるのですが、議会の力が大きい米国では日本の首相よりも自分の意志通りに政策を決めるのは難しいのです。共和党とさえ対立点の多いトランプは、そうとうに苦労するでしょう。

これまで自分の企業やテレビ番組で好き放題にやってきた彼が、不自由極まりない大統領の座なんて退屈だと考えれば、我慢して留まるわけがありません。

9.11によって<道徳感情>を強く刺激された議会が認知バイアスによる因果の錯誤に押し流され、何故かテロとはまったく関係ないイラクに参戦しようとするブッシュ大統領を圧倒的多数で支持したようなことが起ればまた別ですが。

いや、たとえそんなことになっても、退屈は解消されないかもしれません。

勝算のない無謀な選挙戦に自ら突っ込んで勝ち上がる過程こそが刺激と注目を一身に浴びる快感に繋がっていたのであって、大統領職にそんな魅力はないでしょう。

いまだに去年の選挙戦のことばかりツイートしていることからも、トランプの興味がどこにあるのかが判ります。

いずれにせよ、トランプにとってバノンの理想なんかどうでもいいわけです。世間を驚かして話題になるから当初はその政策を採用しましたが、利用価値がないと考えればいつでも躊躇なく切り捨てるはずです。

そして、バノンは4月に国家安全保障会議から外されてしまいました。統合参謀本部議長と国家情報長官も、あっさり常任メンバーに戻されました。

しかしながら、バノンは依然として大統領上級顧問として大きな影響力を保持したままで、彼の真の狙いが4年後である限り、基本的な構図は変わっていないのです。

〔PHOTO〕gettyimages
いまはまだ早いと思っているのか、あるいは自分が動かなくともどうせ大規模戦争になるだろうと思っているのか、これまでも国家安全保障会議で積極的な発言はしていなかったようですし。

4年後に何も起きなかったときこそが、<システムの人>としてのバノンの計画遂行の本番ではあります。仮に政権から追い出されても、フェイクニュースサイトを駆使してオルタナ右翼を操るその扇動力はあなどれません。

むしろ、トランプが何もできないままに政権を放り出して、幾何学的計画を期待した支持者たちが落胆したあとこそ、バノンの出番なのかも知れません。

さらに、バノンが外れてから逆にシリアや北朝鮮との対立姿勢を強めて戦争の危機が高まったり、また振り上げた拳を引っ込めたりもしています。良くも悪くも壮大なる計画を遂行しようとするバノンとは違って、戦略もなく行き当たりばったりのトランプ大統領のやり方が前面に出てきたわけです。

しかし、一見バラバラのように見えて、恐怖心がなくリスク計算をできない者が、失敗や報復を恐れず最大限に評判を得られると思った案件へ闇雲に突っ込み、後始末などやらずにまた別の良さそうに思える案件に突き進むという、ひたすら評判を追い求める行動としては一貫しています。

今後の動向は、これらの<システムの人>やサイコパス的人物たちの<道徳感情>に突き動かされる精神の歯車の噛み合い具合で決まってくるのです。

それぞれの歯車に働きかけて、より良き方向に向かわせたいと考える米国国民や我々のような外国人は、<道徳感情>の仕組みをより深く理解しなければなりません。それはもちろん、自分自身の<道徳感情>による認識や行動のゆがみを自覚することも含まれているのですが。

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稲田 下村 日本会議議

”稲田朋美防衛相 東京都板橋区で開かれた都議選の自民党候補を応援する集会で「防衛省・自衛隊、防衛相、自民党としてもお願いしたいと、このように思っているところだ」と訴えた”

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都議選板橋区の自民党候補二人は極右日本会議議員懇談会と極右集団・創生「日本」の副会長下村博文の秘書上がりである。

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下村博文元文科相 加計学園から200万円違法献金の疑い(週刊文春):事実ならば悪質な事案。しっかり説明すべきだ。

下村博文元文科相(63)が、加計学園から200万円の違法な献金を受けた疑いがあることがわかった。「週刊文春」が入手した下村事務所の内部文書で判明した。

 下村事務所が作成した<2013年博友会パーティー入金状況>によると、<9月27日 学校 加計学園 1,000,000>と記載されている。

 博友会とは、当時、文部科学大臣だった下村氏の後援会であり、この年の10月、大規模な資金集めパーティーを開いていた。

 また、翌年の<2014年博友会パーティー入金状況>には、10月10日付で<学校 山中一郎 加計学園 1,000,000>と記載されていた。山中氏は当時、加計学園の秘書室長を務めており、政界との窓口となっていた。

 政治資金規正法では、20万円を超えるパーティー券購入を受けた場合、政治資金収支報告書に記載しなくてはならないと規定されているが、博友会の収支報告書には、加計学園からの寄付は記載されていなかった。

 また、同様に<入金状況>に名前と金額が記載されているにもかかわらず、収支報告書で報告されていない寄付が2012~2014年の3年間で約1000万円に上ることがわかった。このうち、複数の人物が<入金状況>にある金額を、パーティー券として購入していたことを「週刊文春」の取材に認めた。いずれのケースも政治資金規正法違反の疑いがある。

 下村事務所の複数の関係者は、「週刊文春」の取材に対し、内部文書が本物と認めた。その一人は<入金状況>の作成過程を次のように語った。

「博友会には専用の口座があり、入金された金額を確認してリストに記載します」

 下村氏は小誌の取材に「実際はもらっていない」とした上で、事務所を通じて「加計学園からチケットを購入いただいたことはありません。収支報告は適正に行っています」と回答した。加計学園は、小社の月刊「文藝春秋」の記事に抗議していることを理由に、事実確認に応じなかった。

 さらに、小誌が入手した下村事務所の榮友里子文科大臣秘書官(当時)の「日報」には、加計学園が学部新設を巡り文科省が対応するよう下村氏に口利きを依頼したことなどが記載されていた。「週刊文春」6月29日発売号では、安倍政権を揺るがす疑惑に発展した加計問題の新疑惑について詳報している。

「週刊文春」編集部

2017年6月28日水曜日

例の写真


「あったものをなかったものにはできない」

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前川前文部科学省事務次官が、加計学園をめぐる文書で記者会見をされた。

様々な憶測が流れていて、何が真実か見えづらい。



実は、前川氏は、文部科学省をお辞めになった後、私が運営するNPO法人キッズドアで、低所得の子どもたちのためにボランティアをしてくださっていた。素性を明かさずに、一般の学生や社会人と同じようにHPからボランティア説明会に申し込み、その後ボランティア活動にも参加してくださっていた。

私は現場のスタッフから「この方はもしかしたら、前文部科学省事務次官ではないか」という報告は受けていたが、私が多忙で時間が合わず、また特になんのご連絡もなくご参加されるということは、特別扱いを好まない方なのだろう、という推測の元、私自身は実はまだ一度も直接現場でお目にかかったことがない。



担当スタッフに聞くと、説明会や研修でも非常に熱心な態度で、ボランティア活動でも生徒たちに一生懸命に教えてくださっているそうだ。

「登録しているボランティアの中で唯一、2017年度全ての学習会に参加すると○をつけてくださっていて、本当に頼りになるいい人です。」

と、担当スタッフは今回の騒動を大変心配している。年間20回の活動に必ず参加すると意思表明し、実際に現場に足を運ぶことは、生半可な思いではできない。

今回の騒動で「ご迷惑をおかけするから、しばらく伺えなくなります」とわざわざご連絡くださるような誠実な方であることは間違いがない。





なんで、前川氏が記者会見をされたのか?

今、改めて1時間あまりの会見を全て見ながら、そして私が集められる様々な情報を重ねて考えてみた。

これは、私の推察であり、希望なのかもしれないが、彼は、日本という国の教育を司る省庁のトップを経験した者として、正しい大人のあるべき姿を見せてくれたのではないだろうか?



私は今の日本の最大の教育課題は「教育長や校長先生が(保身のために)嘘をつく」ことだと思う。

いじめられて自殺をしている子どもがいるのに、

「いじめはなかった」とか

「いじめかそうでないかをしっかりと調査し」

などと、校長先生や教育長が記者会見でいう。

「嘘をついてはいけません。」と教えている人が、目の前で子どもが死んでいるというこれ以上ひどいことはないという状況で、明らかな嘘をつく。

こんな姿をみて、子どもが学校の先生の言うことを信じられるわけがない。



なぜか学校の先生には、都合の悪いことが見えなくなる。周りの生徒が「いじめられていた。」と言っているのに「いじめ」ではなく、「友達とトラブルがあった」とか、「おごりおごられの関係」になったりする。

それは今回の、あるはずの文書が「調査をしてみたが、見つからなかった。」であり、「これで調査は十分なので、これ以上はしない。」という構図とよく似ている。



自分たちの都合のいいように、事実を捻じ曲げる。

大人は嘘をつく。

自分を守るためには、嘘をついてもいい。正直者はバカを見る。



子どもの頃から、こんなことを見せられて、「正義」や「勇気」のタネを持った日本の子どもたちは本当に、本当にがっかりしている。何を信じればいいのか、本当にわからない。

小さなうちから、本音と建前を使い分け、空気を読むことに神経を尖らせなければならない社会を作っているのは、私たち大人だ。





「あったものをなかったものにできない。」



前川氏が、自分には何の得もなく逆に大きなリスクがあり、さらに自分の家族やお世話になった大臣や副大臣、文部科学省の後輩たちに迷惑をかけると分かった上で、それでもこの記者会見をしたのは、

「正義はある」

ということを、子どもたちに見せたかったのではないだろうか?



「あったものをなかったものにはできない。」



そうなんだ、嘘をつかなくていいんだ、正しいものは正しいと、間違っているものは間違っていると、多くの人を敵に回しても、自分の意見をはっきりと言っていいんだ。



子どもたちとって、これほど心強いことはない。



「正義」や「勇気」のタネを自分の心に蒔いて、しっかりと育てていいんだ。

どれほど心強いだろう。





今回の記者会見は、前川氏にとっては、何の得もないが、我々日本国民には非常に重要な情報である。報道によれば、くだんの大学のために、37億円の土地を今治市から無償譲渡し、96億円の補助金が加計学園に渡る計画だという。

もし、大学が開学すれば、さらに毎年国の補助金が渡ることになる。



96億円の補助金とはどれぐらいの額だろうか?

昨年、私たちを始め多くの団体やたくさんの方々の署名によって実現した給付型奨学金の年度予算は210億円だ。一人当たりの給付額も少ないし、人数もとても希望者をカバーできるものではない。なぜ、こんなに少ないのか?というと、「国にお金がないから」という。



お金がないのに96億円、土地も合わせれば136億円もの税金を投じて、新たに逼迫したニーズを見られない獣医学部を作るお金を、給付型奨学金に回したほうがいいのではないだろうか?



前川氏の記者会見は、このような税金の使い道について、もう一度国民がしっかりと考える機会を作ってくれた。



今、憲法改正による教育無償化がにわかに浮上している。私は教育無償化に賛成だ。いや、賛成だった。

しかし、大学の設置や補助金に信頼性が置けない現状では、憲法を改正してまで教育無償化を急ぐことに、大きな疑念が生じている。

結局、あまり市場ニーズのない、教育力のない大学等に、「子どものため」と言って税金がジャブジャブと投入され、子どもは質の良い教育を受けられない状況は変わらずに、一部の人だけが豊かになる。

そんな構図が描かれているとしたら、恐ろしいことだ。



これが事実かどうかは、わからない。しかし、そんなことを考えさせてくれる。



記者会見は、前川氏や彼の家族にとってはいいことは何もないが、本当は必要のない大学に多額の税金が使われるという、大きな損失を防ぐかもしれない。そのために、彼は勇気を出し正義を語ったのではないだろうか?



「あったものをなかったものにはできない。」



何が真実なのか、私たちはしっかりとこれからも探求していかなければならない。



今後、どのように動くのか全くわからないが、私たちは、文部科学省というこの国の教育を司る省庁のトップに、強い正義感と真の勇気を持った素晴らしい人物を据える国であり、時に身を呈して、国民のためにたった一人でも行動を起こす、そんな人が政府の中枢にいる国だということは間違いない。

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裁判所には直接、電力会社や原子力産業との癒着構造があるのだという

「住民の生命が脅かされる具体的危険は認められない」

 12月24日、福井地裁は高浜原発再稼働の差し止めを命じた仮処分決定を取り消し、再稼働に向け大きな一歩を歩み始めた。この訴訟に関しては今年4月14日、同裁判所において「新規制基準に適合したとしても安全性は認められない」などとして再稼働しないよう命じる仮処分が出され、それを不服として関西電力側が異議を申し立てていたもの。つまり、今回の福井地裁の決定は関西電力側の主張が通ってしまったということでもある。

 だが、この差し止め仮処分取り消しの背景には、裁判所の露骨な“原発推進人事”があった。4月の高浜原発再稼働差し止めの仮処分を決定したのは福井地裁の樋口英明裁判長(当時)のことだ。

 樋口裁判長は、「10年足らずの間に各地の原発で5回にわたって想定を超える地震が起きたのに、高浜原発では起きないというのは楽観的な見通しに過ぎない」と指摘し、福島第一原発事故後に定められた原子力規制委員の新基準についても「緩やかにすぎ、合理性を欠く」と判断。政府の原発政策に根本から異議を唱える決定だった。

 ところが、裁判所はこの樋口裁判長を原発裁判にかかわらせないような人事を発令する。

 きっかけは樋口裁判長が、1年半前の14年5月、大飯原発の運転差し止め訴訟で原発の運転を認めない決定を下したことだった。その後、樋口裁判長が高浜原発の運転差し止め仮処分を担当することになると、裁判所は2015年4月1日付で、樋口裁判長を、名古屋家裁に異動させることを決定したのだ。

「彼ほどのベテランなら通常高裁に異動してもおかしくないはずですが、家裁への異動になってしまった。関係者の間では、懲罰人事、今後、原発訴訟に関わらせないようにするための“左遷”だと囁かれました」(司法記者)

 高浜原発の差し止め仮処分申請については、樋口裁判長が裁判所法28条に基づく「職務代行辞令」を利用して、名古屋地裁への異動後も引き続き審議を担当、再稼働を差し止める仮処分を決定したが、恣意的な異動命令に屈さない、裁判官としての人生をかけた大仕事だったと言える。


 だが、その樋口裁判長もさすがに、今回の異議申し立ての審議には関わることはできなかった。裁判所の“原発推進人事”は見事に功を奏し、新たに赴任した林潤裁判長によって、高浜原発の再稼動差し止めは覆された。

 しかも、今回決定が下されたのは高浜原発だけではない。同じく12月24日、福井地裁の林潤裁判長は、大飯原発の3、4号機を再稼働しないよう求めた住民の申し立てについても退けた。樋口裁判長が下した決定について控訴審で審理が継続されている中でのことである。ようは外堀を埋めたわけであり、これで高浜、大飯の2つの原発が再稼働されることがほぼ決定的となった。

 もちろん、こうした人事を使った原発後押し判決の背後には、政府の意向がある。

「司法の独立なんていうのは建前にすぎなくて、今回に限らず、法務省は権力側に都合の悪い判決を出した裁判官に報復のような人事をするんです。例えば刑事事件で無罪判決を出したり、行政訴訟で住民側を勝訴させた裁判官は必ずと言っていいほど地方の支部や家庭裁判所に異動させられる。今回のケースもまさにそれに当たるでしょう」(司法関係者)

 しかも信じられないことに、裁判所には直接、電力会社や原子力産業との癒着構造があるのだという。

 その典型的な例を「週刊金曜日」2011年6月3日号でジャーナリスト三宅勝久氏がレポートしている。記事によれば1992年、伊方原発と福島原発設置許可取り消しを求めた裁判で「国の設置許可に違法性はない」と電力会社側に沿った判決を下した味村治氏(故人)が、退官後の98年、原発メーカーでもある東芝の社外監査役に天下りしていたという。

 味村氏は東京高検検事長や内閣法制局長官を歴任し、最高裁判事となった人物で、いわば司法のエリート中のエリート。しかも味村氏の「原発は安全」との味村判決が、その後の原発建設ラッシュを後押しする結果となった。

 原発企業に天下ったのは味村氏だけではない。同じく三宅氏のレポート(「週刊金曜日」2011年10月7日号)でも司法関係者の原発企業天下りが紹介されている。

・野崎幸雄(元名古屋高裁長官) 北海道電力社外監査役
・清水湛(元東京地検検事、広島高裁長官) 東芝社外取締役
・小杉丈夫(元大阪地裁判事補) 東芝社外取締役
・筧栄一(元東京高検検事長) 東芝社外監査役・取締役
・上田操(元大審院判事) 三菱電機監査役
・村山弘義(元東京高検検事長) 三菱電機社外監査役・取締役
・田代有嗣(元東京高検検事) 三菱電機社外監査役
・土肥孝治(元検事総長) 関西電力社外監査役

 ようするに、樋口裁判長とは真逆に、原発容認の決定を下したりなどすれば、裁判官たちには天下りというご褒美があるということらしい。これでは、司法の独立どころか、裁判官や検事までが原発企業の利益共同体、原発ムラの一員だったということではないか。

 そう考えると今回の高浜、大飯原発再稼働容認の決定は何ら不思議ではない。ほとんどの裁判官の頭の中にあるのは、下手な判決を出して政府ににらまれ、左遷されたくないという思いと、自分が得られる地位や経済的な恩恵だけなのだ。

“福島の教訓”などどこ吹く風で、再び原発大国への道を進んでいく安倍政権と、それを止めるどころか、自らも原発利権漬けになっている裁判所──。この国の腐敗はもはや末期的だ。

2017年6月26日月曜日

文科省が敗戦処理に転じた起点を訊ねられ、同年10月23日の衆院福岡6区の補選の結果で、敗戦処理に転じたと。

前川前文科省事務次官の会見。
昨年10月7日萩生田氏に農水省、厚労省との調整を依頼、ところが10月21日には獣医学部新設派へと変節していたと。
文科省が敗戦処理に転じた起点を訊ねられ、同年10月23日の衆院福岡6区の補選の結果で、敗戦処理に転じたと。

2017年6月24日土曜日

「重要な人物で、一切発言しておられない人」

前川氏はきょうの会見のなかで、「重要な人物で、一切発言しておられない人」として加計学園理事長の加計孝太郎氏の名前を挙げ、メディアに向けて「加計孝太郎さんを早くつかまえてほしい」と氏への取材を呼びかけた。問題の最重要人物がメディアから追いかけられていないという異常事態、それこそがメディアの弱腰を裏付けているだろう。

2017年6月22日木曜日

どのメディアが総理に質問できたか。

 安倍総理が19日、国会閉会に伴う記者会見を行いました。MBSが注目したのは、どのメディアが総理に質問できたか。

 実は総理会見では通常、官邸のスタッフが指名した数人の記者しか質問することができません。「親安倍」か「反安倍」か、メディアの色分けが話題となる中、選ばれたのは?

 注目したのは質疑応答でどのメディアが質問したか。先日、菅官房長官の会見では、東京新聞の記者との激しいやりとりが注目を集めました。

 「私やっぱり文科省が判断したというよりも、安倍首相や菅さんたちが判断しているのではないかと思うが、どうでしょうか?」(記者)
 「そこはありえません」(菅長官)

 「同じ趣旨の質問を繰り返すのはやめていただきたい」(官邸スタッフ)
 「きちんとした回答をいただけていると思わないので繰り返し聞いています」(記者)

 19日の総理会見でまず質問したのは、現在記者クラブの幹事社となっている毎日新聞とTBS。ここは予定通りで、この後の質問者を官邸スタッフが指名します。どのメディアが指名されたのでしょうか。

 「リンダ(記者の名前)」(官邸スタッフ)
 「ロイター通信です。アメリカと中国の緊密な関係が日本に与える影響は…」(記者)

 「では次の質問…じゃあハラさん」(官邸スタッフ)
 「NHKのハラです。加計学園と森友学園の問題に戻りますが…」(記者)

 「じゃあシマダさん」(官邸スタッフ)
 「日本経済新聞のシマダと申します」(記者)

 「ニシガキさん」(官邸スタッフ)
 「フジテレビのニシガキです。北方領土問題について…」(記者)

 指名されたのはロイター通信、NHK、日本経済新聞、フジテレビの4社。日ごろ政権を厳しく批判している印象の強いメディアは指名されませんでした。

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 親安倍の4社の記者は加計疑惑や森友疑惑を素通りして、米中関係がどうした、TPPがどうなる、人づくりがどうこうと、緊急課題でもないことを次々質問して安倍首相に“独演会”の時間を提供した。

 オマケに首相会見は事前に質問事項を官邸側に提出する。だから安倍は官僚が作成した想定問答集を前に構えている。

「最近さかんに報道されているので知っている」

萩生田氏は23日の参院予算委員会で、福島みずほ議員から「加計孝太郎理事長が安倍総理の腹心の友であることを知っていましたね?」と問われると、「最近さかんに報道されているので知っている」と答えた。

 萩生田氏は自らのブログに安倍首相、加計理事長と3人でバーベキューパーティーを楽しんでいる写真を掲載している。場所は安倍首相の別荘。日時は2013年5月である。

久しぶりにテレビに嘘つきでない人が出て話していた。

将棋界に彗星(すいせい)のように現れた中学生棋士の藤井聡太四段(14)が21日、歴代1位タイの28連勝に並んだ。デビューから負けなしでの到達は、誰もが予想し得なかった金字塔だ。

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インタビューで何か話していた。
久しぶりにテレビに嘘つきでない人が出て話していた。

ナベツネさんの私の履歴書

昔、ナベツネさんの私の履歴書が日経で連載された時
それを切り取って子供に読ませていた親がいて
もちろん賛美しつつなんですが
そういう感覚の人もいるんだなあと思った次第です

籠池氏、「100万円」返しに昭恵夫人経営の居酒屋訪問

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籠池氏、「100万円」返しに昭恵夫人経営の居酒屋訪問
というニュースが流れていたんですね
「UZU」というところらしいんだが、籠池氏がドアを開けて、
中の人が籠池氏の姿を見ると怒号
誰が怒鳴っていたのかは分からないが
普通の人があんな怒鳴り声を出すものなのだろうか
それにどうしてあんなに怒鳴る理由があるのだろうか
どうせそこに昭恵夫人はいないのだろうし

そういえば一般市民とそうでない人の区別とか国会でやっていましたね
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返しに来ることは5日ほど前、昭恵氏にメールで伝えたが、返事はない」といい、
現場にいて対応した人に「それは寄付なんで受け取れない」言われたらしい。
その後籠池氏は安倍氏の自宅にむかったとのこと。
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NHK『クロ現』が加計問題で総理圧力の決定的証拠を報道! 萩生田副長官が「総理は30年4月開学とおしりを切っている」
2017.06.20 

 ついにNHKが加計学園問題で決定打となるスクープを報じた。昨夜、放送された『クローズアップ現代+』が、独占入手した文科省作成の“新たな内部文書”を公開。その内容は、萩生田光一官房副長官が文科省に対し、はっきりと「総理案件」であることを伝えている衝撃的なものだった。

 先週、「安倍首相の側近中の側近」である萩生田官房副長官が、「広域的に」「限る」という事実上の「京都産業大学外し」を指示していたことが発覚したが、今回、NHKがスクープしたのは、その指示の1週間前ほどにあたる2016年10月21日、萩生田官房副長官が文科省の専門教育課長である浅野敦行氏に対して語った言葉を記録した「10/21萩生田副長官ご発言概要」という文書だ。

 そこには、まさに「決定的」な文言が並んでいる。

「和泉補佐官からは、農水省は了解しているのに、文科省だけが怖じ気づいている、何が問題なのか整理してよく話を聞いてほしい、と言われた。官邸は絶対やると言っている」
「総理は「平成30年4月開学」とおしりを切っていた。工期は24ヶ月でやる。今年11月には方針を決めたいとのことだった」
「何が問題なのか、書き出して欲しい。その上で、渡邉加計学園事務局長を浅野課長のところにいかせる」
「農水省が獣医師会押さえないとね」

 和泉洋人首相補佐官については、前川喜平・前文部科学事務次官が昨年9~10月に「総理は言えないから私が代わって言う」として、獣医学部新設を早く認めるように複数回言われたことを証言してきた。今回の新文書は、そうした“圧力”をかけたにもかかわらず抵抗する文科省に対し、萩生田官房副長官が「官邸は絶対やる」「総理は2018年4月開学と決めている」とはっきり“総理案件”だと宣告し、その上で、加計学園事務局長を浅野課長のもとにまで行かせるとまで言っていたことを示すものだ。何より、開学時期を切ったのは、安倍首相その人だというのである。

指示はやはり岩盤規制改革ではなく“総理のご学友”の加計学園開学!

 さらに、萩生田官房副長官は、和泉首相補佐官や内閣府と話し合った上、四国で獣医学部新設を行うためにはどうすればいいかを具体的に列挙。萩生田官房副長官が「広域的に」「限る」という新設条件を手書きで修正したとされるメールが送られたのは、この約10日後のことだ。

 だいたい、安倍首相は一貫して「岩盤規制改革をスピード感をもって進めるように、つねに指示してきた」と言い、内閣府の藤原豊審議官も申し合わせたように「総理のご意向」「官邸の最高レベルが言っていること」という発言について「首相はつねづね規制改革全般について『スピード感をもって実現すべきだ』と発言している。関係省庁と議論する際に、こうした首相発言に言及することは十分にある」と説明してきた。ようするに、安倍官邸と内閣府は「国家戦略特区全体の話をしているのに、文科省が勝手に『総理のご意向』などと記載しただけ」と逃げてきたのだ。

 だが、常識的に考えて、あからさまな虚偽のメモを官僚が作成するわけがない。今回、発覚した萩生田官房副長官の発言メモは、安倍首相自ら開学時期を設定していた。さらには「加計学園事務局長を文科省に行かせる」とまで言及し、実際、この6日後に両者は面談したという。やはり、獣医学部新設は「岩盤規制改革」などではなく「加計学園のための規制緩和」だったのだ。

 それだけではない。NHKは今回、元文科省OBで加計学園の理事を務めていた豊田三郎氏が、2015年11月17日に文科省職員と会った際、このように語っていたことがメール文書として残されていたと報じた。

「安倍総理の留学時代のご学友である現理事長と安倍総理と食事をする仲になった」
「いざ総理が進めた時に、「お友達内閣ですね」と週刊誌などに書かれないように、中身がしっかりしたものにしないと総理に恥をかかせることになるから、ちゃんと学園として構想をしっかりしたものにするよう、私からは言っている」
「総理に恥をかかせてはいけないから中身をしっかりさせろと加計理事長に言っている」

 この発言は、今治市が国家戦略特区に指定される約1カ月前のもの。つまり、獣医学部新設が「総理マター」として出発していることを示すものだ。しかも、このメールを保管していた文科省現職職員は、顔を隠した上でNHKの取材に応じ、「政治的に事が進められる可能性が高い案件という認識をもっていた職員は多いと思います」と証言。豊田氏は2016年9月6日、加計孝太郎理事長とともに松野博一文科相と面談していたことがわかっているが、こうやって加計学園と文科省を繋ごうとする役割を担っていたのだろう。

圧力をかいくぐって国会閉会後にようやく報道したNHK

 しかし、ここまでの証拠をいまNHKが出してきたとは驚きだ。NHKは最初の内部文書をスクープできたのに、肝心の「総理の意向」部分を黒塗りにしてニュース内で消化するという“忖度”報道を行い、翌朝の朝日新聞にスクープを譲ってしまった。さらに、早い段階で前川氏の独占インタビューも収録していたにもかかわらずお蔵入りにしてしまった。取材にあたっていた現場の記者たちは、さぞかし忸怩たる思いを抱えていたことだろう。それが、国会閉会と安倍首相の記者会見を終えたタイミングでこの決定的証拠をようやく出すことができた、というわけだ。

 だが、NHKが踏み込んだ新事実を出しても、官邸の姿勢は相変わらず。NHKの取材に萩生田官房副長官は「具体的に総理から開学時期について指示があったとは聞いていませんし、私の方からも文科省に対して指示をしていません」「「加計学園に力を貸すため」に、和泉補佐官や関係省庁と具体的な調整を行いとか、指示を出すことはあり得ません」と事実を否定。「心当たりのない内容が、私の発言・指示として文書・メールに記載されていることについて、非常に理解に苦しむとともに、強い憤りを感じております」とまで述べている。

 つまり、萩生田官房副長官は先日の手書き修正指示と同様、「これは文科省の捏造だ!」という反論なのだ。

 文科省の証言ラッシュの立役者となった前川氏は「あったものをなかったものにできない」と語ったが、安倍官邸は「あったものは嘘っぱちの改竄文書だ!」という陰謀論しか口にしない。もはや、この姿勢のどちらが信用たり得るか、そんなことは歴然としているだろう。

 安倍首相は昨日の記者会見で、「何か指摘があれば、その都度、真摯に説明責任を果たしていく」と言い張った。では、それを実行していただこうではないか。この新証拠に対して「国民に丁寧に説明」するべく閉会中審査に応じなければ、それは「安倍首相はクロ」と決まったも同然だ。

2017年6月20日火曜日

NHK社会部http://vs.NHK 政治部

社会部が積み上げた緻密な取材をどうにかして突き崩そうとする政治部。番組内でNHK社会部http://vs.NHK 政治部の仁義なき戦いが始まる

ーーー
今朝のNHKニュース。昨晩クロ現で、特ダネをスクープしたのに、取り上げる様子がまったくない。衝撃的である。

ーーー
昨日のクロ現自体、特ダネを取った社会部を封じ込もうと、政治部があがきにあがいた様子が明らかでした。

政治部官邸キャップが、水面下で出来レースが仕組まれても、水面上で透明性が担保されてるから問題ない、って官邸を代弁した際のフリップはなんと手書き。放送間際までの局内の攻防が窺えた。

ーーー
昨夜のNHKクローズアップ現代は、NHK社会部の渾身のスクープだ。政治部はなんとか止めたかったんだろうが、社会部のジャーナリスト魂を感じた。安倍総理が一番こだわったのが30年4月の開学時期だと分かる


「死んだ(自分が殺めた)相手の分まで生きて・・・云々」

例えば、ある若い残虐殺人犯は、こう述べた・・・「死んだ(自分が殺めた)相手の分まで生きて・・・云々」。

堂々と受けて立つ=萩生田氏

「堂々と受けて立つ=萩生田氏

 萩生田光一官房副長官は19日、東京都内で開かれた自民党東京都連の会合であいさつし、学校法人「加計学園」の獣医学部新設問題に関し「(新設条件の指示を)していないと言っているのに、怪しいと言われるのは不名誉だ。都議選が近くなり、『安倍晋三首相に近い副長官がおかしい』と言うことで野党が有利になるなら、堂々と受けて立ちたい」と語った。

 萩生田氏は「行政をゆがめるような仕事はしていないと胸を張って報告したい」とも強調した。(2017/06/19-16:42)



堂々と受けて立つ、というのは、弱者的立場にあっての、そして義人が、そして正しいものがいうセリフ とのこと

96億円の補助金

 加計学園が今治市に96億円の補助金申請をし、菅良二市長は言われるままに96億円の交付を決定した。それを加計学園に即日通知していた ― 言い逃れできない公文書が見つかった。

 「加計学園からの申請日」「今治市役所の起案日と決裁日」「加計学園への通知日」はいずれも今年3月31日となっている。

 大学設置認可申請書の締め切り日が3月31日であることから、急いだものと見られる。

 安倍首相が国家戦略特区諮問会議で唱えていたという「スピード感を持って」に合わせたのだろうか? ありえないような早さだ。

 納税者である今治市民が目をむくのが96億円という金額だ。「今治市が出すのは最大で64億円」。菅市長は議会で何度もダメを押されているのである。

 お金はまだ振り込まれていないが、もし振り込まれていたら、菅市長は背任の罪で刑事訴追される可能性もある。

 金額が大きいため振り込み先を間違えないようにと、加計学園は通帳(三菱東京UFJ銀行・岡山支店)の表紙までコピーして添付する念の入れようだ。

 今治市の「96億円の交付決定」は加計学園の「設置認可申請書」に添えられて、文科省に渡っているはずだ。

 建設費用の出どころが分からなければ、大学設置認可が下りない。このため加計学園が「96億円出せ」と要請したものとみられる。

 内閣府も手を貸した。内閣府はそれまでにも「特区申請の手続きを急ぐように。さもなくば特区認定を取り消す」と今治市を脅迫してきた。

 議会の承認もない、いわば空手形をつかまされた文科省こそ気の毒である。

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今治市は、加計学園の校舎建設費の補助金として今後8年間で計64億円を支払い、そのカネが校舎建設のアイザワ工業(加学園本部がある岡山1区・逢沢一郎の一族経営)に流れる


今治市長

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逢沢氏


2017年6月18日日曜日

「怪文書」発言と義家発言

「加計学園」の獣医学部新設問題で、「総理のご意向」などと書かれた文書の存在について、文科省で再調査が行われた結果、同省内部者からの存在が指摘されていた19文書のうち14文書の存在が確認された。

前回調査後、文科省職員による「『文書が存在する』とのマスコミへの告発証言」が相次いだことを受けて行われた再調査で、これらの告発証言の真実性が裏付けられたことになる。

告発証言に基づく報道の一つ【(朝日)加計文書、職員の報告放置 初回調査後「省内に保管」】によれば、文書が確認できなかったとした当初調査の後、複数の同省職員から、同省幹部数人に対し、「文書は省内のパソコンにある」といった報告があったのに、こうした証言は公表されず、事実上放置されていたとのことであり、私が、再調査が決定された直後に述べたように(【「あったものをなかったことにした」前回調査での“隠ぺい”解明を】)、今回の再調査の結果から、「文書の存在が確認できなかった」とした当初の調査が、実質的に「隠ぺい」であった疑いが濃厚になったと言えよう。

文書の存否の確認のための調査を行いながら、文書そのものを隠ぺいして、文書がなかったかのような公表をしたことは、国民に対する裏切りであり、重大な「不祥事」である。

しかも、その調査結果の公表を受けて、官房長官は、新聞報道で存在が指摘された文書を「怪文書」などと切り捨て、前川喜平前文科省次官が、記者会見で「確かに存在した」と公言しても、直前に読売新聞が報じた同氏の「出会い系バー」への出入りに言及して、教育行政の最高の責任者にあるまじき行為と個人攻撃するなど、同氏の証言の価値を貶めようとしたこと(【読売新聞は死んだに等しい】)が、「マスコミと結託した悪辣な企み」であった疑いも一層高まった。

文科省に対する信頼を失墜させただけでなく、加計学園問題をめぐる混乱を助長することになった“隠ぺい不祥事”の背景に、官邸や内閣府のどのような動きがあったのか、徹底解明することが不可欠である。文科省は再調査の結果、文書の存在が明らかになっても、まだ「前回調査は合理的」と言っているようだが、論外だ。そのように言い通さざるを得ないこと自体が、官邸・内閣府から文科省幹部に「異常な力学」が働いていることを示していると言えよう。

文部科学副大臣の守秘義務違反発言

こうした経過の中で、見過ごすことができないのは、文書の存在等を証言した文科省職員の内部告発者について、義家弘介文部科学副大臣が、6月13日の参院農林水産委員会で、「国家公務員法違反(守秘義務違反)での処分」を示唆したことである(【加計問題の内部告発者、処分の可能性 義家弘介・文科副大臣が示唆】)。

義家氏は、

文科省の現職職員が公益通報制度の対象になるには、告発の内容が具体的にどのような法令違反に該当するのか明らかにすることが必要だ

告発内容が法令違反に該当しない場合、非公知の行政運営上のプロセスを上司の許可無く外部に流出されることは、国家公務員法(違反)になる可能性がある

と述べた。

再調査が開始された局面でこのような発言を行ったことに対して、「内部告発の犯人探し」「恫喝」など批判が集中した。しかし、その後も、義家氏は、「国家公務員には公務員の法律と手続きがある」などと述べ、菅義偉官房長官も、「一般論としての法律の解釈を説明したものだ」などと擁護した。

しかし、誰がどう考えても、文科省副大臣として、義家氏の発言が正しいとは思えない。

義家発言は、どこがどう誤っているのか。

義家発言の誤り

義家発言は、少なくとも、法的な側面から見ると、大きく間違ってはいない。公益通報者保護法という「法令」によって保護される「公益通報の対象事実」は、「犯罪行為の事実」「法律の規定に基づく処分に違反する事実」等に限られている。そして、現在の文部科学省の公益通報制度において、通報の内容は「特定の法律違反行為」に限定されており、そういう意味では、保護される内部通報の範囲は、義家氏が述べたとおりである。

しかし、そこには、重要な視点が欠落している。

いまや、世の中では当然の認識になっている“コンプライアンス”は、決して「法令遵守」にとどまるものではないということが、全く理解されていないということだ。

多くの企業では、内部通報の対象を「法令違反」に限定することはせず、組織の活動に関する不公正・不当な行為について、広く「コンプライアンス上の問題」ととらえて対応するのが当然のこととなっている。単なる法令遵守の観点だけからではなく、「本当に社会の要請、国民の要求に応えられるものかどうか」という観点から、組織の活動をチェックし、問題があれば是正していく取り組みをしていかなければならないのは、官公庁においても同様であり、むしろ、民間企業よりも高いレベルが求められているといえる。

最近の事例を挙げれば、「南スーダンPKO派遣部隊の日報問題」で、いったんは廃棄したとされていたものの、過去の全ての日報が保管されていたことが分かり、防衛省が「隠ぺい」と批判されたことは記憶に新しい。意図的な「隠ぺい」だったとすると、社会的には到底許容されない重大な問題だが、具体的に法令に違反するわけではない。

私は、2009年に、総務省顧問・コンプライアンス室長に就任した際、それまで総務省にあった「法令等遵守室」を「コンプライアンス室」に改め、法令違反のみならず、広く総務省のコンプライアンスに関する情報提供・申告を受け付ける「コンプライアンス窓口」を設置した。そして、「総務省の行政が“社会の要請にこたえる”という意味で問題があると考えられる場合には、積極的に申告・通報を行ってほしい」という呼びかけをした。

この呼びかけに応じて様々な情報がもたらされた。その中で、「補助金の予算執行が不適切だ」という指摘があり、調査したところ、当初交付決定されていた約4億6000万円の補助金のうち、約2億5000万円が不適切であったことが明らかになり、減額措置をとった。内部通報によって具体的な問題を把握し、コンプライアンス室を中心に調査を行った結果だった。これも、補助金交付決定が「違法」だったわけではない。交付の手続やチェックが不十分で、税金が不当に使われそうになっていたという問題だった。

この調査結果については、2011年5月、当時の片山総務大臣が、閣僚懇談会で報告し、他の省庁においても第三者を活用したコンプライアンスの仕組みを整備する必要性が指摘された。そして、私は、同年5月30日の参議院決算行政監視委員会に参考人として出席し、コンプライアンスを「法令遵守」ではなく、広く「社会の要請に応えること」ととらえる必要性を強調し、総務省のコンプライアンス室の取組みを他の中央官庁にも広げていく必要性を強調した(【参議院決算行政監視委員会会議録】)

ところが、それから、6年経った今でも、文科省という官庁では、未だに、通報対象が「法令違反」に限られ、しかも、「通報時に具体的にどのような法令違反に該当するのか明らかにしないと、内部通報として扱ってもらえない」というのである。

組織が、本当の意味で社会の要請に応え、健全な活動を行っていくためには、法令違反に限らず、様々な問題について、幅広く組織内から声を挙げてもらうこと、そのために、内部通報窓口を積極的に活用することを呼びかけるという姿勢が不可欠だ。

文科省において、「総理のご意向」などと書かれた文書の存在を確認するための調査を行いながら、「あるものをなかったことにした」のは、法令違反とまではいかないかもしれないが、少なくとも、調査の目的を無にしてしまう「隠ぺい」であり、「社会の要請に反する重大な不祥事」である。それを是正しようとする文科省職員の告発の動きは、正当な内部告発と評価できるものだ。

ところが、義家氏は、「化石のような通報制度」を盾にとり、「守秘義務違反による懲戒処分」を振りかざして、内部告発の動きを封じ込めようとしたのである。それが、教育行政を主導する文科副大臣の発言なのである。

義家氏は、「ヤンキー先生」出身の異色の政治家として知られている。もし、教師時代の教え子が、公務員になって、「役所内で、法令には反しないが、社会的には許されないことが行われています」と言って相談に来た時、「法令違反に該当しないと内部通報として扱われないので、黙っておきなさい」と助言するのであろうか。

そのような人物に、文科省の副大臣の職責を果たす資格があるだろうか。

官房長官の「怪文書」発言

「総理のご意向」の文書を「怪文書」と言って切り捨て、文科省内からの告発証言が相次ぎ、再調査を求める声が上がっても、「我が国は法治国家だから法令に基づいて適切に対応している」と言い続けて再調査を拒否し続けてきた菅官房長官の姿勢も、「悪しき法令遵守」の典型である。

驚くべきことに、菅氏は、今回の調査で文書が文科省内で存在していたことが明らかになった後も、その「怪文書」という発言を撤回することもなく、謝罪もせず、

「怪文書」という言葉が独り歩きしたことが「残念」

と言って開き直っている。

「怪文書」という言葉が独り歩きしていることが「残念」だと思っていたのであれば、再調査を拒否している間に、せめて再調査の結果が出る前に、なぜそう言わなかったのか。

菅氏は、一旦自分が言い始めたことを撤回するようなことは絶対にせず、開き直るためには、どんなに苦しい言い逃れをすることも厭わない人物であることがわかったのである。

義家氏のような人物が文科副大臣の職にあること、そして、菅氏のような人物が内閣の要である官房長官の職にあることこそが、我々国民にとって「残念」なことである

2017年6月10日土曜日